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『発表会』ピアノ 楽譜 身長

■人物表
・氷格子 カナ (ヒョウコウシ カナ) (16)
 女子高生。色白、気弱、病弱。九九のこと大好き。

・孤上 九九(コノウエ シロ) (16)
 女子高生。カナの友達。明るい。

・細詳 細奈(サイショウ サイナ) (26)
 カナ、九九の担任教師。細かい性格。

・西浦先生
 ストーカー。細奈のことが好き。

・校長
 カナの通う高校の校長。学校の名誉は大事。

○体育館
 体育館のパイプ椅子に座る1200人の生徒。学校長の挨拶が終わり、学校長が体育館を退出する。
 細詳細奈が生徒たちの前に立ち、マイクを握る。
細奈「こんにちは、みなさん。ご入学おめでとうございます。わたしはこのようにマイクで話をしますが、途中ハウリングが発生した際には、すぐに耳を塞ぐようお願いいたします。あとになって耳の不調を訴えられたとしても、このあらかじめの警告を無視されたとみなし、わたしを含め当校は責任を負いません」
 生徒たちは互いの顔を見合わせる。
細奈「それでは、みなさん、あらためてご入学おめでとうございます。以上、わたしのお祝いの言葉とさせていただきます」 
 生徒たちは見合わせていた顔を再度細奈に向けて、動きを固める。
 パイプ椅子に座った生徒たちの集団の中央で、孤上九九が口をとがらせて振り返る。
九九「ぎやー信じらんないねカナちん、お祝いの言葉あんだけなんかよー」
 氷格子カナは、振り返ってきた九九の顔を両手で押さえながら周囲の様子をキョロキョロと伺い、
カナ「しっ、しーっ! 静かにしないと九九ちゃん。みんながこっち見ちゃうよー」
九九「あーごみんごみん。でもあれはないよねー」
カナ「もう……恥ずかしいんだから。後ろ振り返ってないで、ちゃんと前を向いててよ」
九九「りょうかーい、了解っ。ピシッ」
 前を向き、背筋を伸ばして九九は座る。
細奈「では、最後に、校歌斉唱をお願いいたします。氷格子さん、前へお願いします」
 カナは背筋を伸ばす。
カナ「わわっ……もう来ちゃった」
 九九は振り返り、
九九「えっ、なになに? カナちん、なんかすんの?」
カナ「うん……ピアノ、ひくの」
 カナはうつむく。
九九「うおー、マジでか! さっすがカナちん、やってくれるー」
カナ「う、うまくできると、いいな」
 カナは両目を力一杯つむる。

○体育館裏
細奈「さてと」
 細奈は重厚な体育館の扉を閉めて外に出る。
 カナのひきはじめたピアノの音がまったく聞こえなくなる。
細奈「西裏先生。いるんでしょう? でてきたらどうですか」
 草むらが物音をたて、西浦重治が現れる。
西浦「細詳先生。なにをそんなに怒っているんですか。ちょっと驚かそうと隠れていただけでしょう。だいたい今回はあなたから呼び出したんだ」
細奈「そうです。もうこれで終わりにしましょう。ほら、そこに立って下さい」
 細奈は体育館の壁を指さす。
西浦「おやおや。僕を壁際に立たせて何をするつもりなんだか。あるいはしてほしいのでしょうか。いやらしい女性ですね。いいでしょう、快諾いたしますよ。ただし、その後は、また、いつものようにあなたを好きにしてしまいますからね」
細奈「くっ……」
 西浦は壁際に立ち、細奈は口元をひきつらせて空を見上げる。

○体育館
 軽快なメロディーが流れている。ステージの上で、カナが一心不乱にピアノをひいている。
 生徒たちは誰一人歌わず、呆然と演奏を聞いている。

○体育館裏
西浦「どうしたんですか? さきほどから何もせずにわたしを見つめたままで」
細奈「どうして? こんなのおかしい!」
西浦「さあ、なにもしないのであれば、こちらから行きますよ」
細奈「もうやめてください!」

○体育館
 静まり返る体育館。
 カナは演奏を終え、立ち上がり、生徒たちへお辞儀をする。
 盛大な拍手がおこる。
九九「ブラボー! カナちん、ブラボー! ハラショー!」
 マイクのハウリング音が響く。
細奈「なんですか、みなさん、そんなに騒いで。まだきちんと校歌を歌っていないでしょう。きちんと歌うまで、入学式は終わりませんよ」
 ステージ上のカナがお辞儀をする。
カナ「す、すみません。やっぱりもう一度やりなおします」
細奈「そうしなさい。生徒のみなさんも、さわがないで落ち着いて、もう一度歌いなさい」
九九「ちぇ〜。ちゃんと聞いとったんかいな。おかしな先生やな」
細奈「誰ですか? 聞こえてますよ? さっさと校歌斉唱を始めなさい」
九九「べー」
 カナはピアノ前の椅子に座り、構える。
 カナの指がゆるやかに鍵盤を走り始める。
 生徒はピアノの音に合わせて、校歌を歌う。
 マイクがハウリング音を発する。
細奈「なんでしょうか? あれは。踏み台を使わないと登れないはずですのに」
 カナの指が止まる。
 細奈は体育館の壁と天井の境目の小窓を指さす。
 小窓には黒い影がうつっている。
カナ「あっ、落ちる」
 黒い影が下方へ落ちる。
細奈「先生、ちょっと見てきます」
 細奈はマイクを足下に置いて、扉に向かって走る。
 重厚な扉を開ける。
細奈「えっ?」
 細奈が一歩退く。
 生徒たちが細奈の見る先を覗く。
 ステージ上のカナは立ち上がり、上方から覗きこむ。
 九九は席を立つと、細奈に駆け寄る。
 生徒たちの叫喚。
 細奈はその場にへたりこむ。
九九「死体やん! 頭がレンガでパックリやん! ってか西浦先生やん! すっげー!」
 カナはヨロつき、失神する。
九九「おーっと、カナちん、あっぶなーい!」
 ステージ上から倒れ込むカナを、九九は飛び込んでキャッチする。

○保健室
九九「だいじうぶ? カナちん」
 九九は毛布をカナにかける。
カナ「うん、なんとか。助けてくれてありがと」
九九「いいよいいよー、気にしなさんなって。スポーツ万能ドラフト1位の九九ちゃんなめんなってー」
カナ「い、いたいいたい。おなかバンバンたたかないで」
九九「あ、ごみんごみん」
カナ「い、いいよ」
九九「あいあーい。ゆっくり休んでなねー」
 九九はカナの頭をポンポンとたたく。
カナ「頭もだめだよ」
九九「もうっ。カナちんはケチだなー。そんなんいうと、カナちんの体を堪能できなくなるじゃんかー」
カナ「変な言い方しないで。堪能、とか」
九九「カナちんのいやらしい体をお世話できなくなるじゃんかー」
カナ「いやらしいとか付けないで」
九九「えー? なんだよう。わかったよう、りょーかい了解」
 九九はカナの横たわるベッドに腰掛ける。
九九「でさー。西浦先生、なんで飛び降りちゃったりしたんだろ?」
カナ「っ……」
 カナは毛布を頭まで引き上げ、毛布の中に隠れる。
九九「あっ、カナちんの恐がりー」
カナ「もごもご。ぷはっ」
 カナは毛布から顔を出す。
カナ「思い出したくないもん」
 カナは再び毛布の中に隠れる。
九九「でもさー、なんで飛び降りちゃったか知りたいじゃん。みんな知りたがってるよー」
カナ「もごもご。ぷはっ。なんでかわかったら、その話やめてくれる?」
九九「うん。やめてあーげるんっ」
 九九はカナにウィンクをする。
カナ「わかったよ。じゃあ、わかったら、すぐにやめて授業に戻ってね。わたし、もう少し病んでいくから」
九九「ん? 病んでいくから?」
カナ「……あ。休んでいくから」
九九「ぷぷぷっ」
カナ「え、えっとね! 西浦先生は、そもそも飛び降りてないの! 殺されたの!」
九九「えっ、えーっ! ……そなの?」
カナ「そうなの」
細奈「……そうなのですか」
 細奈が保健室へ入ってくる。
細奈「面白そうな話をしているのですね。わたしにも聞かせて下さい」
カナ「……」
九九「ほらほらー。先生まで興味しんしんでしょ。早く話さないと観客どんどん増えちゃうよ」
 カナは細奈を一瞥して九九を見つめて
カナ「ほんとうは、わたしが話をしなくても、警察が調べればすぐに犯人がわかることなんだけど」
九九「いいからいいからー」
カナ「うん。えっとね、細詳先生は、わたしの校歌斉唱のときに外に出たでしょ?」
細奈「……見たの?」
カナ「い、いえ、見てません」
 カナは顔をこわばらせて九九を見つめながら
カナ「ただ、先生は、わたしたちが校歌斉唱していないと言っていました。それがおかしいなと。どうして、そう言ったんですか?」
細奈「だって、それは」
カナ「それは!」
 カナは細奈と目が合うと、慌てて毛布をかぶる。
カナ「もごもごもごご!」
九九「おいカナちん。毛布かぶっちゃ何言っとるかわからんって」
カナ「ぷはっ」
 カナは毛布から顔を出し、九九の手をひっぱる。
九九「うわっ。なになに」
 カナは九九の背に隠れるようにして、九九の肩越しから細奈に叫ぶ。
カナ「レンガが落ちてこなかったからですよね!」
細奈「レンガとはなんですか」
カナ「それに、シがなかったんです」
細奈「え? シがない?」
九九「え? 身長がない? カナちんが?」
 カナは九九の手の甲をつねる。
九九「いちちち」
カナ「演奏中、シの音がでなかったんです。気になって何度かシの音をたたいてみると、あの影が落ちたんです」
細奈「影は確かに落ちましたが、それと何の関係が?」
カナ「いいえ。シの音を叩いたから、落ちたんです。シの音のピアノ線や鍵盤を警察に調べてもらうとすぐにわかりますよ?」
細奈「……っ」
カナ「ピアノに結びつけたワイヤーをピアノに結びつけておいて、体育館の屋根上までつたわせる。そして、その先にいくつかのレンガを結びつけておく。わたしがシの音を叩くとそのワイヤーが切れるようにしておくと、レンガが自身の重みで屋根から落ちる。そんな感じです」
細奈「なんですかそれ……」
カナ「その仕掛けは、先生が外に出ているときに起こるはずでした。でも、おきませんでした」
細奈「なぜ起きなかったの?」
カナ「わたしがシの音を叩かなかったから、です。だからこそ、先生は校歌斉唱をしていないと決めつけていました。先生は、校歌にシの音があることを知っていたからです」
 カナは毛布の中からカバンを取り出し、中から楽譜を2つ取り出す。
カナ「こっちの楽譜が校歌。こっちの楽譜がアレンジした校歌です」
細奈「アレンジした校歌?」
九九「えーっ、聞いてなかったんかー。カナちんがすっごい早いテンポで、いつもの校歌と違う音程の曲ひいて、スタンディングオーベンショーのハラショーだったじゃんかー」
細奈「なに? ピアノはひいてたの? ……ハラショー?」
カナ「そうです。そして、この2つの楽譜の違いとして、オリジナル楽譜にはシの音があって、わたしのアレンジした楽譜にはシの音がないんです。だからこそ、先生が外にいたときは仕掛けは動かず、先生がもう一度校歌斉唱をさせたときに仕掛けが動いたんです」
細奈「……」
九九「あら、だんまり」
細奈「……その通りですよ!」
 細奈が九九とカナに駆け寄る。
九九「うわマジか! 先生に殺られる!」
 細奈がカナの首に手をかける。
カナ「でも、先生は犯人じゃない!」
 細奈の動きが止まる。
カナ「先生は犯人じゃないです。レンガを落として殺そうとするなんて確実性がありません」
九九「た、確かに。殺るつもりなら、確実に殺れる方法準備するよなー」
カナ「『殺る』って……。その、つまり。先生はちょっと痛い目にあわせるために、あの仕掛けを作ったんじゃないかと思ったんです。違いますか?」
細奈「……」
カナ「でも、仕掛けがうまく動かず、逆に、西浦先生に襲われそうになった」
細奈「……」
カナ「そして、隠し持っていたレンガで、西浦先生の頭を殴って」
細奈「殺しました」
カナ「いいえ、そのときにはまだ、西浦先生は死んではいなかったんです」
細奈「え? なんですって?」
カナ「西浦先生は生きていたんです。でも、そこにやってきたある人物が細詳先生にこう言ったんですよね? 『体育館屋根の仕掛けを動かしましょう。体育館の屋根から飛び降りてレンガで頭を打ったように偽装するのです。きっと大丈夫。あとはわたしが責任をとりますよ』と。それに、凶器のレンガが転がっていましたよ? 普通隠しますよね。あるいは、もしかして、細詳先生が殴ったレンガは粉々になってしまったんじゃないのですか? それなのになぜ現場には新たな凶器があったのか。はめられたのですよ、先生」
 細奈は、その場に座り込む。

○教室
 帰宅前のホームルームが行われる教室。窓際に座るカナと、その隣に座る九九が話をしている。
九九「なあなあ。なんで校長先生が犯人だってわかったん?」
カナ「体育館の屋根上に仕掛けたレンガを凶器として西浦先生の頭を殴れるのは、挨拶を終えて体育館の外に出てた校長先生だけだもの」
九九「それは細詳先生でもできるんじゃないにょ?」
カナ「できないよ。身長、低いもの」
九九「身長?」
カナ「うん。えっとね。失神した西浦先生を壁際に座らせて踏み台にしたとしても、体育館の屋根上に登るハシゴに手が届くのは、身長が165以上くらいはないとだめだもん」
九九「へー、そうなんだー。チラッ。なんでそんな具体的な数字がわかんのかな〜? あっれ〜。カナちん、もしかして登ろうとしたことがあったりなかったり?」
カナ「う、うるさいなー」
九九「だはは。で、なんで体育館の上に登る話?」
カナ「細詳先生が殴ったレンガと同じ種類のレンガで殺さないと、西浦先生の頭を、わざわざ違う種類のレンガで叩きなおしたことになっちゃうもの。細詳先生は自分が殺してしまったと思いこんだまま、西浦先生の頭を何度も叩いたことは供述するかもしれないけど、警察がその証言を実証するためにレンガの粉を調べたら違う種類だったていうことになると、疑問を浮かべる人もでてくるかもしれないから。そんなふうに深読みしてしまったんだろうね」
九九「うーん」
カナ「えっとね。花壇のレンガと、体育館屋根上のレンガ――あれは種類が違うし。凶器のレンガの種類を調べれば、それは屋根上のレンガと同じ種類であって、花壇のレンガとは別種類であることはわかるはず。そうなると、凶器は屋根上のレンガになるけど、それを取得できた人物は誰か? 身長が165以上ある人。また、警察の尋問のしかたによるだろうけど、わたしの演奏のことを聞いてみれば、わかるはずだよ。わたしのアレンジ曲のことを知らない人はつまり、体育館の外にいたことになるから」
九九「にゃるほどなー。でも、なんでそんなまどろっこしいことを?」
カナ「誘導だよね。例えば、答えが2になる計算式を答えよ、なんて問題があったらどう答える?」
九九「あっ、カナちんなめてるなー。そんなの、1たす1とか、2かける1とか、いっぱいじゃん」
カナ「そうだね。じゃあ、答えが2になる計算式を答えよ、っていう問題に、誰かが『1 + □ = 』なんて計算式を問題文に付け加えると、どうする?」
九九「□の中に1が入る!」
カナ「そうだね。手の加えられた問題文を初めて見た人だと、そうやって答えて、問題を解くこと終わりになるかも、ね」
九九「そうかも」
カナ「今回もおんなじだよ。頭をレンガで殴られて殺された人がいました。犯人は誰でしょう? こう言われると、現場に居た可能性のある人物として、細詳先生と校長先生が挙げられるはず。でも、今回は問題文に手が加えられちゃったから。『頭をレンガで殴られて殺された人がいました。殺された人は、細詳先生によって、屋根の上から飛び降りたように偽装されました。犯人は誰でしょう?』」
九九「あー。見破られる偽装を、わざと細詳先生にやらせたのか……。そうすると、確かに、犯人は細詳先生っぽい……」
カナ「そうだね。いろいろあったけど、結局はそんな単純な話、校長先生が細詳先生に容疑を着せるためだったんだよ」
九九「にゃるほどなー。でも入学早々こんなんで、大丈夫かなこの学校」
カナ「う、うん。警察の人には、きちんと校長と西浦先生と細詳先生の関係を洗ってもらって、もう二度と起きないように取り締まってもらわないと」
九九「しばらく嫌な雰囲気だなー学校」
カナ「そうだね。残念だね」
九九「まあ、いっか。そのうち忘れられるよ。今日の教訓も得られたことだし」
カナ「え、なに? 教訓?」
九九「おうよ。身長が低くくてもいいことはあるってね」
カナ「もう! またそんなこという! 気にしてるんだからね! 今日は独りで帰っちゃうんだから!」
九九「あーごみんよカナちん、そんな怒んなよー冗談じゃんかー」
カナ「知らない!」
 ホームルーム終了の鐘の音が鳴る。
 カナはカバンを手に取り、顔をそむけて帰る。
九九「あっ、カナちん待ってよー」
 九九はカナを追いかける。


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